チベット問題解決の中道政策とその他の関連資料

主席大臣 サムドン・リンポチェ 紙上インタビュー「大チベット」について

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2010年2月25日

サムドン・リンポチェはチベット亡命政権カロン・ティパ(主席大臣)であり、畢 研韜(ビ ヤンタオ)教授は中国海南大学コミュニケーション研究センター主任である。

畢 研韜教授:

こんにちは!この度は中国国内の人々が非常に注目している問題についてお尋ねする機会をいただき、大変うれしく思います。

チベット問題を考える際、私は特に「大チベット」という言葉に注目しています。あなたの「大チベット」に関する講演のテキスト(英語版含む)は繰り返し読みました。あなたは「チベットはチベットだ。小チベットも大チベットもない」とおっしゃいます。しかし実際は、ダライ・ラマ法王特使と北京政府の会談において、全チベット人のために1つの自治機関を置くことが提案されています。これは明らかに、四川省、雲南省、青海省のチベット地域を現在のチベット自治区(TAR)に統一しようということです。管理機関の規模を考えると、これはまさに「大チベット」です。ですから、それを考えると、北京政府の主張する「大チベット」はチベットの現状を反映しており、間違ってはいません。あなたは一方で「大チベット」の「大」に反対しながら、一方で 「規模の大小は問題ではない」とおっしゃっています。この二つの主張は矛盾していませんか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

あなたのご質問にお答えする前に、ダラムサラと北京の認識の違いを生んでいる根本的な原因として、二つの重要な点を強調しておきたいと思います。一つは、チベット人の間で流行している「チベット人は希望によって滅び、中国人は疑いによって滅びる」という言葉に示されるような、北京政府指導部の信頼と自信に欠けた考え方です。北京政府は全てを疑いの目で見、ダラムサラからの提案を検討することで災難が起きたり面子が潰れたりすることを、常に恐れています。ですから常に、あらゆるささいな問題を潜在的な分離の脅威と考えているのです。

‪このような考え方では、チベット側がいかに誠実に中華人民共和国の指導部信頼しようと、その要求がいかに合理的で妥当であろうと、ダラムサラは北京を説得できません。

二つ目は、中国指導部の、チベット問題の解決策を探ろうという政治的意志の欠如です。指導部は、チベット問題について何かをすればさらなる問題を引き起こし、チベットを失う可能性があると思い、常に計り知れない恐怖に苦しんでいます。そのため、我々はお互いに、正しい視点から積極的にコミュニケーションすることができないのです。

相互の信頼関係なしに、国家の統一性を維持することはできません。我々は、現在の中国指導部の少数民族全般、特にチベット人に対する政策が変わらないなら、少数民族の分離や消滅につながる可能性があると恐れています。 もし双方が、お互いを信頼と自信を持って見ることができれば、この問題は迅速かつ円満に解決できるでしょう。双方にとって利益になるのです。

もう一つ、小さいながらも重要な点は、言語の性質というものです。中国語とチベット語では 「Great(大)」と「Greater(さらに大)」の表現に違いはありませんが、英語では2つの異なる単語があります。したがって、「Great Tibet(‪大チベット)」は敬称として理解することができますが、「Greater Tibet([さらなる]‪大チベット)」は、より‪混乱を生みかねません。この表現は、国境や、文化や言語の範囲を含む可能性があります。ですから、我々は「Greater Tibet」よりも「Great Tibet」を好んで使用します。

さて、あなたのご質問ですが、私が「チベットはチベット」と言うとき、少数民族の地方自治に関する憲法規定においては、チベットに大小はない、ということです。チベット人は、中国に55ある少数民族の中の一民族です。 一つの少数民族は、「小、大、さらに大」に分割することはできません。もちろん、これら全ての自治区が一つの機関によって管理されるようになれば、自治区の管理区域は間違いなく、複数の自治機関によって管理されている現在の区域よりも大きくなるでしょう。しかし、それはチベットやチベット人がより大きくなったり偉大になったりするということではありません。ですから、私の言葉に矛盾はありません。

我々の基本的な懸念は、中国がこの問題をどのように世界に示しているかです。事実、チベット人は全チベット自治区に1つの管理機関を求めています。しかし、チベット人が 「大チベット」や「さらなる大チベット」を要求しているという言い方は、まるで我々がチベット地域の分離や再区分を求めているかのように聞こえます。我々には、この表現は人々を欺くために故意に作られたように思えます。

 

畢 研韜教授:

ダライ・ラマ法王特使は、全チベット地域に対し「一つの管理機関」の必要性を提示しています。しかし、これは非常に難題だと見られています。おそらく、ダライ・ラマ側は「一つの管理機関」という表現を、他のもっと分かりやすく豊かな言葉で要約する必要を感じなかったのでしょう。北京側の言う「大チベット」とは、「一つの管理機関」という概念に対し名前を与えるようなものです。これは言語経済学にもかなっています。チベット亡命政権(TGiE)がはじめから明確な言葉を用いていれば、中国が別の言葉を用いる理由はなかったのです。チベット亡命政権は、特定の用語を使う必要性と重要性を感じているでしょうか?将来的に、どう対応するつもりなのでしょうか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

憲法には、「少数民族の集住する地域では、地方自治が行われる。これらの地域では自治行政を行う自治機関が設立される」と規定されています。この規定により、チベット人は特定の地域に集住しています。中国各地に分散しているわけではなく、他民族の地域で隔離され分断されているわけでもありません。

ですから、全チベット人に一つの自治機関で十分であり、それが憲法の本質でもあるのです。「一つの管理機関、あるいは自治機関」という言葉以上に、我々の要求を適切に示す言葉はありません。また、中国が受け入れるような他の表現で置き換えられるとも思っていません。もしどなたか、もっと適切な表現を提案していただければ、喜んで受け入れます。
我々が一つの管理機関を求める根本的な目的は、政治的、経済的利益ではありません。ただ、チベット固有の言語や文化、精神的遺産や伝統の保護と発展のためです。一つの管理機関なら、教育や文化などの統一方針を簡単に実行することができます。

 

畢 研韜教授:

あなたはこうおっしゃっています。「チベット自治区に地域の拡大は求めない。ただ、管理の変更をするだけである。複数の自治機関を置く代わりに、一つの自治機関を設立すべきだ。これは、中国と他国との国境にも、国内の自治区と非自治区の境界にも影響するものではなく・・・」 私の見解では、このような説明が、より多くの混乱を生んでいます。一つの管理機関のもとにチベット自治区を統一するというチベット亡命政権の要求は、省と自治区の境界の再区分を意味するのではありませんか?そうでないなら、どうやって全チベット地域に一つの管理機関を実現しようというのでしょうか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

現在、各省の自治区には、すでにしっかりと定められた境界があります。これらの境界を変更する必要はありません。変更する必要があるのは、管理機関です。これら複数の自治政府は一つの自治政府に置き換えられ、各省の行政ではなく、中央政府によって直接コントロールされるのです。

省内の自治区が一つの自治政府によって管理されるようになれば、各省の管理区域は小さくなるという意見があるかもしれません。確かにそうかもしれませんが、国の地方自治規定を誠実に守るなら、各省の自治区に対する役割はそれほどないはずです。ですから、自治区が省外で合併しようと、省内に残ろうと、これらの省にとって大きな違いはないのです。

 

畢 研韜教授:

中国で境界再編の先例があるのは確かです。もし、ダライ・ラマ側の求める「大チベット」が設立されるなら、省と自治区の間で、中国建国以来最大の境界再編が行われることになるでしょう。つまり、これは確実に利益の再分配を意味し、人々の感情を害することも避けられないでしょう。誰もが、現状を維持するほうが、それを変えるよりも安上がりだと知っています。ですから、省と自治区の境界再編成を行うには、強い説得力のある理由がなければなりません。私の個人的意見では、中央政府はそんな大きな政治的リスクを負わないであろうし、チベット亡命政権だけの力では境界再編成を進めるには足りないと思います。ダライ・ラマ側はこのことについてどう考え、予測しているのでしょうか。

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

3つ目のご質問に答えて述べたように、我々は管理機関の変更に境界再編成が必要だとは思っていません。実際問題、省と自治区はみな国の不可欠な一部分ですから、その間の境界はそれほど重要ではありません。

それでも、自治区とそれ以外の地域の間の境界を変更することは、省と自治区にとっては重要なことかもしれません。ですが我々は、チベット自治区にそれ以外の地域を含めるよう求めたことはありません。

我々の提案は、すでに自治区域として定められ認識されているチベットの自治州や自治県を、一つの管理機関に統合することです。

 

畢 研韜教授:

あなたは、北京政府の「少数民族集住区分離」のやり方は違憲だと指摘しています。しかし憲法には明確に、「少数民族の集住する地域では、地方自治が行われる。これらの地域では自治行政を行う自治機関が設立される」と述べられています。 そこには特に、各少数民族に1つの自治機関を設立するようにとは書かれていません。民族自治法第二条ではさらに、民族自治区域は、自治区、自治州、自治県に分類されるとしています。ですから、中央政府の現在のやり方は、憲法にも自治法にも準拠しているのです。あなたの憲法や自治法に対する理解は、誰とも異なっていると思います。この違いをどう解決するおつもりでしょうか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

民族地方自治の基本的な考え方では、少数民族固有のアイデンティティを保存し、発展させることを目的としています。これらの目的を達するには、地理的条件によって不可能な場合を除き、国内の管理機関の統一をはかる必要があります。それとは別に、憲法第四条には、「民族の団結を損ない、分裂を引き起こすいかなる行為も、これを禁止する」とあります。

‪自治法には、民族自治区域は、自治区、自治州、自治県に分類されると規定されています。しかし自治区の設立は、新彊ウイグル自治区や内モンゴル自治区と同様に、各少数民族の規模や人口、居住区域によって決定されるべきです。一つの民族をわざわざ複数の自治州や自治県に分割する理由も必要もないのです。

チベット民族は何世紀にもわたり、一続きの地域で共に暮らしてきたにもかかわらず、これを分割することは、憲法の精神に反するものと考えます。これは帝国主義の「分割統治」政策です。少数民族内部で統一ができなければ、中国との統一はもっと困難です。感情的な統一は、国家統一を支える要因です。

 

畢 研韜教授:

チベットに一つの自治機関が実現した場合、他の少数民族も同様の要求をできるということになります。これは、中国の少数民族政策が全てくつがえされ、中央政府の地方行政に対する姿勢が大きく変わることを意味します。現在、漢民族は省、自治区、中央政府直轄地のどこに住んでいようと、チベット人と同様、各地の行政によって直接管理されています。この点では、漢民族もチベット民族も平等です。もしチベット人が一つの管理機関によって管理され、漢民族がこれまでどおり複数の管理機関によって管理されるとしたら、これは民族間の不平等ということにならないでしょうか?この問題をどう見ておられますか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

民族間の完全な平等は、マルクス主義の基本原則です。中国でこの原則が現在も尊重されていることを願います。この平等を守り、多数支配や優越主義を避けようとすれば、民族自治の概念が浮かんできます。ですから、自治の機会は全ての少数民族に必要なのです。

一つの管理機関か複数管理機関かという問題は、その居住地によって決定すべきです。モンゴル人やチベット人のように一続きの地域に住む少数民族は、一つの管理機関によって管理することができます。一つの地域に暮らしていない少数民族は、複数の管理機関によって管理されることになるでしょう。この方法は、平等の原則に全く反していません。反対に、その規模や人口を問わず、全ての民族に平等を与えるものです。

 

畢 研韜教授:

ダライ・ラマ法王の特使によって北京政府に提出された『チベット人の真の自治に関する覚書』では、チベット地域における治安の問題を挙げています。あなたはニューデリーで行った「大チベット」に関する講演で、全チベット地域に一つの管理機関を設立することで地方民族主義の抑制を助け、中国の統一と安定を確かなものにする、と述べられました。これにはいくつかの見方や立場があると思います。中央政府は「大チベット」管理機関設立の影響を徹底的に検証するでしょう。このような状況で重要な点は、中央政府がどこまで「大チベット」管理機関を信頼するかです。今のところ、一つの管理機関が地方民族主義を抑制し、中国の統一と安定を高めるということに、中央政府が賛成するとは思えません。この膠着状態をどうやって打開できると思いますか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

そのご質問は原則と事実に沿っていないので、お答えしにくいですね。それは現指導部の考え方や態度に沿ったものです。

‪論理的に申しますと、感情的な統一と相互の信頼によって安定を得たいならば、一つの管理機関は間違いなく統一の可能性を高めるものです。もし、統一と安定を保つために武力を用いるつもりだとしても、一つの統一管理機関があった方が容易になります。

しかし、この膠着状態を簡単に打開する方法はありません。しかし、打開できてもできなくても、我々は要望や考えを明確かつ誠実に、曖昧なところなく提示しなくてはなりません。他に方法はないのです。

 

畢 研韜教授:

中国国内の人々がチベット問題を理解する際、「大チベット」は最大の障害となっていると思います。それ以外の、チベット亡命政権の懸案である信教の自由、経済発展、教育推進、チベット文化の保護などは、中国国内の人々もこれを理解し、支持もすると思います。ですが今のところ、「全チベット地域の統一」が、北京政府とチベット亡命政権の間での最大の食い違いとなっているようです。対話が前進しない場合、将来的にチベット亡命政権は “全チベット地域に一つの管理機関” という立場を変えるでしょうか?ダライ・ラマ側は対話戦略を変更するでしょうか?

 

サムドン・リンポチェ主席大臣:

現在は代替案があがっていないため、そのご質問を検討することはできません。

我々の側としては、全チベット民族に一つの管理機関という要求は、チベット人の正当な権利であるだけでなく、合理的かつ合法的であると考えています。もし中国指導部にその政治的意志があるなら、実現には問題はないでしょう。先に述べた通り、我々の要求の目的は、チベット語、文化、精神的遺産の保護です

もし、もっと論理的で説得力のある代替案があれば、それが真実と根拠に基づくアイデアなら、ダライ・ラマ法王はいつでも受け入れる姿勢です。

(このインタビューの中国語訳は『北京之春』2010年2月号に掲載されました。)

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